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パチンコ・パチスロ番組に出演されているライターさん等の情報を掲載

名波誠

名波誠発足のライター見習い軍団「エア名波軍団」とは結局何だったのか

漫画「パチスロひとり旅」でおなじみの名波誠さん。
最近ではマスクをつけたままではありますが、「ういちとヒカルのおもスロい人々」にも出演されていました。
名波誠さん自身、漫画の実話提供だけでなく、ライターとして文章も書いたりもしています。
そんな名波誠さんが「エア名波軍団」と呼ばれる、ライターになりたい人達を集めていたことをご存知でしょうか。
自身のTwitterやブログでライターになりたい人を集めていたのですが、どういう活動をしていたのかは実際不明です。
早い話、失敗に終わった「エア名波軍団」は、名波誠さんの一声によって解散となりました。
今回は、「エア名波軍団」と呼ばれていたライターになりたかった人たちについてお話をしていきます。


「エア名波軍団」募集開始

「エア名波軍団」の募集が名波誠さんのTwitterと旧ブログにてスタートしました。

旧ブログについては、ブログサービスが終了してしまい、現在は閲覧することができません。
おそらくですが、2013年4月1日に募集を開始したと思われます。
こちらが記憶している限りでは、本気でライターになりたい方、「エア名波軍団」と名乗れる方といったようにいくつか条件があった気がします。
どちらかと言うとやる気を重視していたんでしょうね。
募集から半年後には約40名近くのライターになりたい人たちが「エア名波軍団」に入団していました。

「エア名波軍団」活動内容

「エア名波軍団」に入団したものの、どういう活動をすればいいかわからないといったことが起こったそうです。
それに対して名波誠さんは「ぼくも何をすればいいかわからない^^」とTwitterでつぶやいていた記憶があります。
実際、「エア名波軍団」としてどういう活動をするのかは明確にされておらず、「パニック7や必勝ガイドに履歴書送るなら勝手に送ってもいいですよ」といったように、無責任というか放任主義というか、入団した本人のやる気を見ていたのだと思います。


何故、40名も集まったのか

「エア名波軍団」の募集が2013年に始まったのですが、おそらくパチンコ・パチスロライターがテレビなどのメディアへの露出が急激に増えた年だったと思います。
深夜の地上波でも毎日何かしらのパチンコ・パチスロ番組が放映され、CS放送の加入者も延びた年でもあります。
パチンコ・パチスロを打って、テレビに出れて、ギャランティまで貰えるとなれば、パチンコ・パチスロ好きにとっては魅力的に思えますよね。
そういったテレビ番組に影響された人達が「ライターになりたい」「あの名波さんの軍団に入ってライターになれるのなら」と思ってこぞって応募したんでしょうね。
名波誠さん自身、本気でライターになりたい人をサポートしたかったのは間違いないと思いますが、結局、本気でライターになりたいと思って行動をする人からの応募はなく、漠然としたあこがれだけで応募した人ばかりだったような気がします。

「エア名波軍団」が起こした行動

「エア名波軍団」の団員が、ホールにアポを取ってYouTubeで実践動画を配信したことが、「エア名波軍団」としての「それらしい」行動だったと思います。
今現在、許可さえ取れば素人でも動画配信しても良いと言ってくれるホールはあるものの、当時としては新しい形だったと思います。
動画の編集もかなり手が込んでいるもので、素人とは思えない出来になっていました。
再生数も10万回を超える動画もあったのですが、とんでもない低評価の数だったと記憶しています。
それ以降、動画の評価数を見れないような仕組みにしており、2014年で投稿をストップしています。
(ちなみに、YouTubeでの動画の評価数については、視聴者は見れなくても投稿者は見れる仕組みになっています。)

2013年11月29日「エア名波軍団」解散!

名波誠さんの過去のツイートを見返すと「エア名波軍団」は2013年11月29日に解散したそうです。
発足から約7ヶ月での解散ということで、何があったのかは不明です。
名波さん自身忙しかったのか、「エア名波軍団」に愛想を尽かしたかのか・・・
前述した「エア名波軍団」の団員による実践動画の投稿は、2014年まで続いていたということで、軍団解散後も動画の投稿は続けていました。

「エア名波軍団」団員の動画について

「エア名波軍団」の団員たちが投稿していた動画について、こちらで独自に調査をしました。
まず、何故投稿がストップされたかについてです。
素人がホールを借りて、機材もそれなりにしっかりしたものを揃え、編集も手が込んだ前例のない活動だったので、続けていればそれなりの結果が出ていたと思います。
しかし、トラブルが絶えなかったのも事実で、借りた機材の説明書を紛失したり、出演者の中に動画のコンテンツを奪おうとする人が現れたりと、人間同士のいざこざもあったとされています。
決め手となったのは責任者である団員の消息が絶ってしまったことのようです。
出演者自身も、ただの「ノリ」で動画に出ていたような人達ばかりだったので、続けていくのは困難だったと思います。
もしも、最初から人選をしっかりとしていれば、今頃は大きなコンテンツに成長していたのかもしれませんね。


-名波誠